こどものなかのこども



客観性を無視したマスゲーム的コラム vol.10

Category : Ikenishinji

今年が終わる。あとは忘年会をして、大掃除をするだけだ。とにかく記憶とお部屋をきれいさっぱりしてから新年を迎えましょうよってことなのだが、ポンピーはこの季節がくるたび思い出すことがある。その思い出とは好きな人と別れたためにその季節がくるたび胸の痛みとともに思い出すというような類のものではなく、できればコンクリと一緒に埋立地に葬り去ってしまいたいような腐った思い出なのだ。年末が来るたび、ポンピーはその悪夢のような思い出に顔を歪めることになる。

あれは6年前の今頃だったと思う。年の瀬になり、年越しの準備をするため、家族みんなが大掃除をしていた。しかしそんななか、ポンピーは一人マイペースに部屋を片付けることもなく過ごしていた。それを見て業を煮やしたオトンは昼飯を食べているときにこう言った。「おいポンピー、そろそろ自分の部屋くらい掃除したらどうだ」と。しかし反抗期のポンピーはそれにたいして軽く呻くように返事をしただけだった。それが事の発端だった。

数時間後、階下で穏やかではない声がするので下りていくと、オトンとオカンがお互いを罵り合っているのだ。それは昔から溜めに溜め、温存していた最強カードを盤面に繰り出すような激しい戦いだった。クリティカルヒットの応酬に、見ているこちらも肝を冷やすほどだった。オトンもオカンも目を血走らせ、お互いに腕をがっつりと掴んでいた。お正月映画のメカゴジラ対キングモスラを一足先に見ているようだった。最終的にオトンは口を真一文字にして押し黙り、オカンはブサイクな顔で涙を流した。やがてオカンは車のキーを持って家を出ると、ありえないくらいエンジンの回転数をあげて聞いたこともないような爆音とともに車を発車させた。

まもなく家の空気は漬物石に押しつぶされたように重たくなり、誰一人話さなくなった。ポンピー弟とポンピー妹は自室にひきこもった。ポンピーはしかたなく下宿しているポンピー兄にメールを打った。チチハハケンカ、スグニキコクセヨ。しかしポンピー兄は大晦日にしか帰れないということだった。

その日の夜遅く、オカンは帰宅し、ポンピーは昼間のケンカの事情を聞いた。それによると、昼間掃除するように注意されたときにポンピーが生ら返事をしたことが気に食わなかったオトンが、そのことをオカンにグチったのが原因だった。オカンはそういうオトンのしつこいネチネチした態度が気に食わずにキレたのだ。結局、ポンピーがきっかけで起こったケンカはやがてポンピーのいない夫婦喧嘩になり、最終的に深刻を極めた。

それから大晦日までの数日、オカンは家事のほとんどを放棄し、放棄した分の家事をオトンがせっせとやった。気まずい雰囲気を変えるすべはどこにもなく、ポンピーはしかたなく遅すぎる部屋の片付けをした。結局、大晦日恒例の年越しソバもオトンが作り、オカンはひとり出前のソバをブサイクな顔で食った。しかしポンピー兄が久しぶりに帰ってきていたこともあり、ピリピリした空気もいくぶん和らぎ、停戦状態という感じだった。ポンピーは連日の緊張感から解放され、すぐに倒れるように布団に入った。

次に目が覚めると、翌日の8時を少し過ぎていた。つまりハッピーニューイヤーである。毎年元旦は8時頃に家族そろっておせちと鯛の塩焼きを食べ、お年玉をもらうというのが恒例になっていた。ポンピーはすぐに身を起こし、寝ぼけ眼をこすりながら階段を下りようとした。視界にポンピー兄が入ったので「あけましておめでとう」とあくび混じりにあいさつをした。そのときだった。階下にいたポンピー兄がものすごい勢いで階段をのぼってきて、そのままの勢いで叫びながらポンピーの顔面をぶん殴った。つかまるものもなかったポンピーは文字通り吹っ飛び、和室の引き戸に倒れ、引き戸ごと後ろにひっくり返った。それは一瞬の出来事だった。その少し前にポンピー兄はオカンから事情を聞き、短絡的にポンピーが悪いと思い至って殴ったのだ。ポンピー兄は「お前が悪いんじゃー!!」と叫んでいた。

その後、血を引いた兄弟は激しいつかみ合いになり、そこにオトンが割って入り、ひとまずポンピー兄とポンピーを物理的に引き離した。ポンピーはすぐに一階に避難したポンピー兄を追いかけようとしたが、オトンに後ろから両腕をつかまれていたため動けなかった。「ぶっ殺してやる!ぶっ殺してやる!」とポンピーは叫び、わめき散らした。まさか新年早々「あけましておめでとう」の次に「ぶっ殺してやる!」と叫ぶなんて思ってもみなかった。

しばらくして落ち着いたポンピーを見て、オトンはつかんでいた腕を離し、二人で階段を下りてリビングに向かった。そこにいたのはフロアに泣き崩れるオカンとそれを呆然と見下ろしているポンピー兄だった。オカンの手には日本酒の一升瓶が握られている。まさかの泣き上戸だった。

そしてポンピーはポンピー兄を見た瞬間に怒りが再燃し、再びつかみ合いのケンカになった。怒号と叫び声が家中を駆けめぐり、オトンはそのケンカを必死に止めようとしたが、もはや本気の兄弟ケンカを止めることはできなかった。一種の悲壮感が漂い、しばらくの沈黙が訪れたとき、蚊の鳴くような声でオカンが言った。

「いやぁぁぁ、もうやめてぇぇぇ、家族がつぶれるぅぅ~」

そのときポンピーとポンピー兄とオトンはマナカナぐらいシンクロしてつっこんだ。

「お前のせいじゃ!!!」

これは喜劇ではなく完璧な悲劇である。新年早々殴られたことのある人間がこの地球上にどれほどいるかは分からないが、その一年に期待に胸を膨らますことなど到底できないことくらいは容易に想像がつくだろう。その年にポンピーが実際に不幸だったかは分からないが、少なくとも一年のはじめにそんなことが起こるなんて、それも目覚めて一分も経たないうちに殴られるなんてことがあってはならないのだ。これは人の物を盗んではいけないのと同じくらい自明のことだ。新年早々、兄弟の顔面を思いっきり殴ってはいけない。これを肝に銘じてほしい。戦争体験者のように語っているが、本当にそうなのだ。二度とこんな悲劇を繰り返してはいけない。ポンピーは切にそう願っている。


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